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タンパク質結晶

目次

タンパク質結晶とは? ~What is Protein Crystal?~
大型タンパク質結晶の作製
タンパク質結晶の欠陥と完全性
タンパク質結晶の力学的性質


タンパク質結晶とは? ~What is Protein Crystal?~



 タンパク質は複雑な生命現象を司る物質で、その構造を知ることは生命現象の解明や新薬開発に非常に重要です。タンパク質分子の3次元構造を解析するための最も一般的な手法は、タンパク質の単結晶を用いたX線回折実験によるX線構造解析法です。そして、その立体構造の精度は結晶の品質に大きく依存します。すなわち、タンパク質分子の高精度な立体構造を理解するためには,高品質なタンパク質の単結晶が必要となります。しかしながら、タンパク質分子のサイズは一般的な原子・分子と比べて桁外れに大きく、結晶化条件も非常にシビアであるため、そもそも結晶化しづらく、構造解析のボトルネックのひとつとなっています。そして、たとえ結晶が得られても、品質に難ありといったことも珍しくありません。より品質のよりタンパク質結晶を育成するためには、その結晶成長のメカニズムを理解することが重要になります。そして結晶成長メカニズムを解明するためには、結晶内の物理的特性を理解することも重要となります。しかし、物理的特性を観察できる大型の結晶の育成が難しいこともあり、その物性に関する研究は世界中探してもほとんどありません。
 当研究室では、大型で高品質なタンパク質結晶の育成し、その完全性・不完全性の解明や物性評価に成功しています。非破壊で結晶欠陥の観察を行うことが出来るX線トポグラフィ法だけでなく、デジタルイメージングを利用したデジタルX線トポグラフィによる結晶の品質の定量的な評価、あるいは音速の測定による弾性定数の決定、硬度試験による変形メカニズムの解明などの弾性や塑性といった力学的性質の観点からタンパク質結晶の物理的な理解を目指した先駆的な研究を行っています。

タンパク質結晶の物性という新しい学問分野の構築を目指しています。

大型のグルコースイソメラーゼ結晶とその分子配列の模式図(Protein Data Bank ID:1mnz)


大型タンパク質結晶の作製

<塩濃度勾配法>
 水に溶解したタンパク質は塩(えん)を用いた塩析という方法で結晶化を促すことができます。タンパク質の種類が豊富なように、塩析に適した塩の種類は様々です。例えば、最も汎用的に研究に用いられている鶏卵白リゾチームは、みなさんご存知のNaCl(塩化ナトリウム)をはじめとして、NiCl2(塩化ニッケル)や(NH4)2SO4(硫酸アンモニウム)などで結晶を作製できます。しかし、タンパク質の結晶化は塩の種類だけでなく、その濃度、温度、さらにはpHなど多くのパラメーターがあります。当研究室ではこれまでの知見により、容易に大型の結晶が作製できる「塩濃度勾配法」を用いています。この方法では、大型結晶が比較的大量に得られるため、実験量が重要な物性測定に適しています。


塩濃度勾配法の概略図

関連発表文献
"Growth, defects and mechancal properties of protein single crystals" Curr. Top. Cryst. Growth Res. 6 (2002) 35.

<種結晶を用いた大型結晶の作製>
 結晶の作製から測定まで、非接触で取り回しが可能な作製方法を用いて、結晶の完全性評価や力学試験を行っています。


自作の結晶ホルダー内で作製した大型のグルコースイソメラーゼ結晶


タンパク質結晶の欠陥と完全性

 一般に、金属などの無機物やフラーレンなどの低分子有機物の結晶は「結晶欠陥」を多く含んでいます。当研究室では、生体高分子などのタンパク質の結晶の「結晶欠陥」に着目し、その欠陥評価をさきがけて行ってきました。この結晶欠陥は結晶を構成している分子配列の乱れです。そのため、目ではもちろん、光学顕微鏡などでは観察することができません。そこで、放射光X線トポグラフィを利用し、X線トポグラフ像による欠陥像の観察や回折強度曲線測定による結晶の完全性の定量化を進めています。


デジタルX線トポグラフィによる
鶏卵白リゾチーム結晶の結晶欠陥(転位)の観察と回折強度曲線(ロッキングカーブ)

関連発表文献
"Identification of grown-in dislocations in protein crystals by digital X-ray topography" J. Appl. Cryst. 54 (2021) 163.


 また、グルコースイソメラーゼ結晶において、結晶欠陥の制御に成功しています。

グルコースイソメラーゼ結晶の結晶欠陥(転位)のX線トポグラフ像
転位線に沿ったドット状のコントラストと結晶のくさび領域における干渉縞が観察された。

関連発表文献
"Characterization of grown-in dislocations in high-quality glucose isomerase crystals by synchrotron monochromatic-beam X-ray topography" J. Cryst. Growth 468 (2017) 299.


 結晶欠陥を含まない「完全結晶」を作製することは、結晶の素性を理解するために重要です。世の中の結晶材料は、ほぼ必ず結晶欠陥を含んでいます。一方で、みなさんのPC、スマートフォン、自動車に使用されている半導体材料であるSi(シリコン)は全く欠陥のない完全結晶の作製が可能です。最近では、複雑な形状を持つタンパク質であっても、完全結晶を作製することが可能であることが明らかになりました。


グルコースイソメラーゼ結晶の完全結晶
(a)光顕像,(b)結晶外形の模式図,(c)X線トポグラフ像,
回折強度曲線の(d)観測値と(e)理論値(動力学的回折理論)


回折強度曲線の振動に対応したデジタルX線トポグラフ像
完全結晶でのみ発生するX線の動力学的回折現象の観測に世界で初めて成功した。

関連発表文献
"Analysis of oscillatory rocking curve by dynamical diffraction in protein crystals" Proc. Natl. Acad. Sci. USA 115 (2018) 3634.

 その後、同様な現象がフェリチン結晶でも観測されることを発見しました。完全な状態を理解することは、同時に不完全な状態も分かるようになってきます。何が完全状態を作り出すのか?不完全性の起源は何か?タンパク質結晶の完全性の起源解明を進めています。結晶成長学への新しい知見を与えるだけでなく、創薬のための構造解析の分解能の向上、さらには新材料への応用も視野に入れて研究の加速が期待できます。


フェリチン結晶の完全結晶
(a)光顕像,(b)X線トポグラフ像,(c)回折強度曲線の観測値と理論値,
(d)干渉縞(in b)の周期の観測値と理論値
フェリチン結晶でも欠陥フリーに到達。
完全結晶でのみ発生するX線の動力学的回折現象の観測に世界で初めて成功した。

関連発表文献
"Evaluation of crystal quality of thin protein crystals based on the dynamical theory of X-ray diffraction" IUCrJ 7 (2020) 761.


タンパク質結晶の力学的性質

 材料応用のためには、その材料の硬さなどの力学的性質を理解することが重要です。もろく壊れやすいという理由から構造解析においても、その力学特性の解明、特に硬さの定量化と強度の向上は課題です。また、タンパク質結晶は結晶内に30~70 vol.%(種類によっては90 vol.%)もの水(結晶水)を含んでいます。その結晶水は、タンパク質と相互作用が強く結合している水分子と結晶内を自由に動き回る水分子に分けられます。特に、後者の自由水はタンパク質結晶特有の水であり、タンパク質結晶の中でどんな役割があるのか分かっていません。この自由水に着目し、タンパク質結晶の力学特性の解明を行ってきました。

<ビッカース硬さ>
 硬さ評価法の一つであるビッカース硬さ試験を用いて、表面硬さの定量化を行ってきました。結晶表面にしっかりと押し込んだ痕(圧痕像)が観察され、塑性変形が生じていることがわかります。さらに、そのビッカース硬さは表面が乾燥するにつれて上昇するふるまいが見られ、乾燥しきった硬さは大気中の湿度に依存することが観測されました。
 一方で、結晶が濡れている場合、湿度によらず同一の硬さを示しました。さらに、その初期硬さは同じリゾチーム結晶であっても、結晶系によって異なることが分かりました。多くのタンパク質結晶では結晶系の違いによって、結晶内に含有する水の量が異なります。タンパク質結晶の硬さと結晶水の量に着目し、研究を進めています。


 鶏卵白リゾチーム結晶の各湿度におけるビッカース硬さの大気暴露時間依存性と圧痕像

関連発表文献
"Microindentation Hardness of Protein Crystals under Controlled Relative Humidity" Crystals 7 (2017) 339.
"Analysis of slip systems in protein crystals with a triclinic form using a phenomenological macro-bond method" CrystEngComm 23 (2021) 3753.

<変形メカニズムの解明>
 ビッカース硬さ試験の圧痕像には、すべり線が見られています。すべり線は結晶欠陥の一つである転位が発生・運動するといった塑性変形に由来しています。タンパク質結晶がどのように変形するのか?といった課題は、単に変形機構を理解するだけでなく、タンパク質結晶の強度、そして高強度化の方法を探索することに繋がります。そのため、塑性変形挙動の解明を進めています。
 ここで、完全結晶が力を発揮します。変形による結晶欠陥のふるまいを観察するためには、変形前の結晶が綺麗でないと観察できません。完全結晶が作製できるグルコースイソメラーゼ結晶を対象とし、ビッカース硬さ試験のように針を押し込み、結晶欠陥が観察できるX線トポグラフィを用いて、変形挙動の解明を行いました。結果として、変形前には見られない結晶欠陥の観察、ならびにどのような欠陥かといったキャラクタリゼーションに成功しています。


グルコースイソメラーゼ結晶の変形前後のX線トポグラフィ像
黒い線状のコントラストが導入された転位に対応している。

関連発表文献
"Direct observation of stress-induced dislocations in protein crystals by synchrotron X-ray topography" Acta Mater. 156 (2018) 479.

 このような転位による変形は金属材料などで構築された転位論で説明できます。しかし、タンパク質結晶ではこの転位論から外れるような挙動も見られてきています。現在、変形させながらX線トポグラフィ測定を行うその場観察実験により、さらに詳細な欠陥の挙動の観察を進めています。

実験手法

  • 放射光X線トポグラフィ
  • トライボインデンター(ナノインデンター)(Bruker, HYSITRON TI Premier)
  • マイクロビッカース硬さ試験(Mitutoyo, HM-221)
  • 超音波パルスエコー法(Insight, PR35)
  • 引張圧縮試験(Shimadzu, AGS-X)

主な利用施設

  • Photon Factory / 高エネルギー加速器研究機構(KEK)
  • SPring-8